『暮しの手帖』というタイムマシン 

すぐには役に立たないように見えても
やがて こころの底ふかく沈んで

 花森さんは 1911 年に生まれ、若いころに戦地に出征して体を悪くして帰ってくる。 その後大政翼賛会に入って、「欲しがりません勝つまでは」 のような、国体に沿った惹句やポスターを作ったと言われています。 

戦後『とと姉ちゃん』こと大橋鎭子と出会い「衣裳研究所」を設立、1946 年夏に『スタイルブック』という雑誌を 作り、その 2 年後には『暮しの手帖』創刊へと移行します。

 「もう二度とこんな恐ろしい戦争をしないような世の中 にしていくためのものを作りたい」というのが花森さんの最初の言葉だそうで、「ひとりひとりが、自分の暮らし を大切にしなかったから」戦争へと突っ込んでいった、とも語ったそうです。

僕自身が今作る現代の『暮しの手帖』 のスローガンも「ひとりひとりの暮らしを大切に」というもので、つまりそのままハナモリイズムを受け継いでいると言えるんです。

 もうひとつ、創刊から変わらないものがあります。
「宣言文」と言われるもので、花森が謳いました。
読みます。

これは あなたの手帖です 
いろいろのことが ここには書きつけてある この中の どれか 一つ二つは
すぐ今日 あなたの暮しに役立ち
せめて どれか もう一つ二つは
すぐには役に立たないように見えても
やがて こころの底ふかく沈んで
いつか あなたの暮し方を変えてしまう
そんなふうな
これは あなたの暮しの手帖です 


 これは表 2 ─ 表紙をめくったところに掲げられています。ちょっと不思議な文章ですね。ぎくしゃくして急には呑み込めないんだけれど、妙に心に残る。

作る僕たちや、きっと読者たちにも届いているんだろうなあ、と 感じるのです。

「すぐには役に立たないように見えても やがてこころの底ふかく沈んで」

……この辺りでしょうかね。これが『暮しの手帖』なんだよと、マニフェストというか、「こういうものを作れよ!」と編集者の僕らにも 呪いをかけるように導く、そんな言葉なんです。

 花森さんは今も編集部にいる……そんなふうに感じるのは編集長の僕だけではない と思います。

ちなみに僕の席をお見せしますと(写真)、すぐうしろに花森さんの笑顔があって……新編集長はまことに落ち着かないのですね。いつまでも彼が笑顔だったらいいのですが。

1 2 3 4 5 6 7
目次
閉じる