『諜報国家ロシア-ソ連KGBからプーチンのFSB体制まで-』
保坂三四郎著
中公新書 定価本体980円+税
2023年6月発行
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2023/06/102760.html
昨年のロシアのウクライナ侵攻後すぐに、ふと思い出して2006年に暗殺されたアンナ・ポリトコフスカヤが書いた『ロシアン・ダイアリー』を読み直し、ロシアが2003年から2022年のウクライナ侵攻まで一直線上にあったことがよくわかった。しかしそれでも「なぜ?」という疑問が残っていた。〔巻末に、モスクワ支局長時代にポリトコフスカヤと面識のあった田中和夫氏(11期/故人)が、その無念の思いを書いている。〕
ところが本書を読んで、パズルの最後のピースがはまるようにすべてが腑に落ちた。学科生、若い卒業生には特に読んでいただきたい一冊である。彼らが、ロシア語学習や仕事熱心のあまり、無自覚のうちに「諜報国家」に取り込まれないことを祈るばかりである。
せっかくのよい機会なので、本書に込めた思いをエストニアに住む著者から送ってもらった。
K.A
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私は、諜報機関を専門に研究しているわけではありません。ソ連崩壊から30年以上が経ち、自分が、国家保安委員会(KGB)という「過去の遺物」の研究を行うことになるとは思いもよりませんでした。1998年に上智大学ロシア語学科に入学しました。大学の授業はサボり、1年の半分くらいはインド、パキスタン、イランなどでバックパッカー(死語?)として過ごしました。
当時を振り返って思うのは、ロシアは多くの問題を抱えつつも、民主的な制度や価値観を共有する国になったのだという幻想です。学会や大学もそうで、ソ連時代の党政治から現代ロシアの「議会政治」が関心の中心となり、ソ連やロシアを特徴づける最も特殊且つ重要な制度である情報保安機関の存在は忘れ去られました。モスクワが少しでも情報保安機関に関わるテーマを研究する外国人を嫌ったこと、ソ連・ロシアに滞在したい院生や学者の自己検閲、KGBアーカイブが閉鎖されたこと、などがその背景にあります。
拙著をお読みいただいた方から「ロシアは永遠に変わらないと絶望した」という感想を頂くことがあります。しかし私の狙いは逆です。司馬遼太郎やミアシャイマーのようにロシアは地政的条件から「緩衝地帯」を必要とするとか(これはフィンランドのNATO加盟へのロシアの対応で、我々の思い込みであることが分かったと思います)、歴史的に専制的皇帝を必要としてきたから民主主義は根付かないとか、長期かつマクロな構造から将来のロシアの姿が宿命論的に解釈されることがありますが、私はそうは思いません。どこを変えればロシアが変わりうるのか。拙著では制度的要因に注目してそれを理解する鍵を示したつもりです。そのような意味で、これからロシア研究に果敢に取り組む若い学生に希望を与える一冊になればと願っております。(46期 保坂三四郎)