友信の父の描いた絵と、母の手元にある友信の「山水図」。番組のなかでも触れましたが、非常によく似ているけれど違います。
母は取材でこの「山水図」について説明したときに、ベルリンは東京と同じように大変な空襲に遭って、母たちの行った1955年にベルリンはまだ瓦礫の山で、そのような中でこの絵が生き残っていたことは奇跡のようだ、と言ったのですね。でも番組ではなぜか、取り上げられなかった。若いディレクターさんたちにとっては戦争は遠い昔のことで、あまり絵とは関係ないと思われたのでしょうけれども、母にとっては大きな実感だったと思います。
この二つの絵を見比べると、狩野派は代々中国の絵画から学んで、それを自分流にアレンジしていることがよくわかります。
中信のほうは幕末の「絵事御用頭取」を務めた実力者だったのですが、明治4年に亡くなります。一方、友信は明治になってから日本画家として生きるわけですが、なぜこの二つの絵が似ているのか解明することが、これからの私の課題なのです。
こうして、2021年12月に「紅葉に青鳩図」を表紙デザインに入れて本を出版しました。
読売新聞の書評にも取り上げられました。
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20220322-OYT8T50073/