石澤良昭教授 記念講演会「なぜフランス語か」 (2)フランス極東学院によるアンコール・ワットの研究

G.セデス(George Cœdès)が古クメール語の碑刻文を解読

アンコール王朝時代(802~1431 年)には当時の政治や経済社会、宗教活動については、インドと同様にラタニア椰子の葉の「貝葉史料」にその歴史情報が詳しく記され、保存されていました。しかし、椰子の葉に記されたものであるため経年劣化でほとんど自然消滅してしまいました。現存する最も古い記録は、1796 年の『王朝年代記』です。それは当時のカンボジア王アン・エン(在位 1794~1796 年)がシャム国王に献呈した貝葉本であり、現在バンコックのタイ国立図書館に保存されています。

一方、残存するアンコール時代の史料は「碑文」(エピグラフィー)と言いまして、石に文字を刻んでおりました。石に文字を彫って「誰の誰べえがここに寄進しました」と記したものをお寺に捧げるのです。寄進することによって極楽浄土へ行くことを望むというわけですね。その碑文の拓本をとって読むことによって、当時の歴史がわかるのです。サンスクリット語(古代インドの言葉)の碑文もありました。

シャンポリオン(Jean-François Champollion)がエジプトの言葉を解読したように、カンボジアでもG.セデス(George Cœdès)がその天才的な炯眼によって1930年代に解読を進め、碑文を読むことによって、歴史の大枠がわかるようになりました。地道な碑刻文解読作業を進め、次々と新知見が報告され、古代カンボジア史全貌の再発見の観がありました。こうしてG. セデスは『カンボジア碑文』全 8 巻を著し、1,016 個の注釈と原本を、フランス語の訳稿をつけて出版しました。
(Cœdès, G : Inscriptions du Cambodge, Vol. 1-8, Hanoi-Paris, 1937-1966.)

セデスの炯眼とその génie(天才ぶり)は何といっても、Les États hindouisésd’Indochine et d’Indonésie(インドシナとインドネシアのインド化した国々), Paris, 1964,(邦訳『東南アジア文化史』大蔵出版, 1989 年)の著作において展開されたものです。そのセデスの概説書は『インドシナ文明史』(みすず書房, 1969)です。

タプロム寺院を訪ねたジョルジュ・セデス教授、中央(1936年)© Wikimedia Commons
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